NBA選手 ジェレミー・タイラーコラム

足関節②の予定を大幅変更して、ある選手の話をしたいと思います。
今日、彼のことを取材した日本人の記事を見つけ、少しの間思い出に浸りました(´ε`)


NBA日本 杉浦大介さんコラム

↑の記事、読んでみてください

現在 NBA の NY ニックスに所属するジェレミー・タイラー。
2011年から NBA でプレーし、成長し続けている選手です。
彼が東京アパッチでプレーをしていたのは 2010-2011 シーズン。
あのときは「優勝」が夢ではない、と思わせてくれる才能がそろったシーズンでした。

ジェレミーは恵まれた体格に、高いアスレティックアビリティを持つ19歳でした。
買い物、おしゃれ、カラオケ、音楽が大好きで、プライベートでも東京で多くの友達を作っていましたね。
合宿先のホテルにあったピアノを弾いたり、絵を描いたり、料理もする。
とにかくいろいろなことに興味があって、何でもやりたがるタイプ。

東京に来る前にイスラエルでプロデビューはしたけれど、「問題児」のレッテルを貼られてしまい、解雇。
どんな問題児だったのかを聞いてみると、大したことないんです。
まだ「子供」だったというだけのこと。
イスラエルに行ったときは高校を中退して、まだ17歳ですから、本当の意味での「子供」だったわけですね。
さらに複雑な環境で育ったため、人一倍自我も強い。
プロアスリートとしての言動、態度、振る舞い、なんて知らなかったんですよね。

そして東京アパッチのヘッドコーチ、ボブ・ヒルがこの問題児を東京に連れて来ました。
最初は、完全に振り回されましたね(´д`)
けれど、コーチがジェレミーの将来を有望視されて「NBA 選手としてふさわしい人間性」をも教えようとしていました。
ジェレミーが少し大人になる(自我を抑え、チームのために戦う)と、チーム全体が良くなっていっていました。
私もジェレミーにはトレーニング関係よりも、日常生活の送り方や考え方などのほうを多く教えていたように思います。

一番覚えているのが「言い回し」。
何でも直球で話してしまっていた当時のジェレミーは会話の中で反感を買いやすいんですね。
「反感を買わないようにうまく伝える」ということを教えたのを覚えています。
それからというもの、ジェレミーがチームメートにどうしても伝えたいことがあるときは、私も同席するようになりました。
そのほうが落ち着いて話せるから、と言って、言葉を選ぶように話をするようになったジェレミーを思い出します。

新生東京アパッチとして向かえた2010年シーズン、いろいろなことがうまく回り始めたときに震災がありました。

くやしかったですね。
チームがなくなってしまったこと。

日本人選手は移籍し、アメリカ人選手はNBA、NBDL、引退、と様々な形をとりました。

私にとって特別なチームだった東京アパッチ。
元アパッチに会うたびに、みんなが口をそろえて、「いいチームだったね」って話をします。
NBAのジェレミーが同じ思いでいてくれて、それを語ってくれて、本当に嬉しかった(*^^*)

もっと活躍してほしい!!
もっと有名になってほしい!!
まだ22歳、もっと成長します。見守りたいですね。


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